セルバンテス文化センター報告書2014年ー抄訳ー
塚原信行
スペイン語は20を越える国家と地域において公用語として使われており、ラテンアメリカ地域では特に広く用いられています。このスペイン語の状況について、セルバンテス文化センター(Instituto Cervantes)が毎年報告書を公表しています(セルバンテス文化センターは、スペイン語等の振興と教育、スペイン語圏文化の普及を目的として、1991年にスペイン政府によって設立された公的機関です。詳しくはこちら)。スペイン語公用語地域図
(By Onofre Bouvila (Own work) [Public domain], via Wikimedia Commons)
以下は、2014年版の報告書の冒頭の日本語抄訳です(参照元)。数量的なことは、最初の「1. 数字で見るスペイン語」でわかります。1.1以降は、それらについての説明です。
躍動する言語・スペイン語 2014年報告書
セルバンテス文化センター
1. 数字で見るスペイン語
- およそ4億7千万人がスペイン語を母語としています。母語話者、限られたスペイン語能力を持つ人、スペイン語を外国語として学んでいる人の総計は5億4,800万人を越えます。
- 母語話者数では、スペイン語は、中国語に続き世界第2位です。また、話者数の総合的な数(母語話者、限られたスペイン語能力を持つ人、スペイン語を外国語として学んでいる人の合計)でも同じく2位です。
- 人口学的な理由により、世界におけるスペイン語母語話者数の割合は増加しています。一方、中国語と英語についての同割合は低下しています。
- 2014年現在、世界人口の6.7%がスペイン語話者(母語話者がおよそ4億7千万人)で、これはロシア語(2.2%)、フランス語(1.1%)、ドイツ語(1.1%)を上回ります。2050年には、世界人口の7.5%がスペイン語話者になると予想されています。
- 3〜4世代のうちに、世界人口の10%がスペイン語でコミュニケーションするようになる見込みです。
- 世界でおよそ2,000万人が外国語としてスペイン語を学んでいます。
- アメリカ合衆国におけるスペイン語話者は現在5,200万人ほどです。2000年から2010年にかけてアメリカ合衆国で増加した人口の半分以上がスペイン語話者でした。2050年には、アメリカ合衆国が世界で最もスペイン語話者が多い国になると見られています。
1.1 世界の言語とその話者
世界で話されている言語の数を正確に定めることは簡単ではありません。というのも、相互に一定度理解できる2つのことばを、 1つの言語の2つの方言と見なすべきか、あるいは2つの別々の言語と見なすべきかを区別する普遍的な基準はないからです。加えて、世界で話されている様々な言語の話者数に関するデータを正確に収集する、無条件に信頼できる調査も存在しません。いずれにせよ、現在、世界には6,000から6,500の言語が話されていると考えられています。しかし、大多数の人は、非常に限られた数の言語しか使っていませんが。
中国語やスペイン語、ヒンディー語や英語のように、地理的に非常に広範囲に分布する母語話者人口を持つ言語があります。一方、フランス語やアラビア語、ポルトガル語のように、母語話者はそこまで広い範囲に分布していませんが、国際的には広く用いられている言語があります。
スペイン語は、母語話者数においては、10億人以上の中国語に続き、世界第2位です。
1.2 スペイン語人口:スペイン語話者数とその増加についての予測
スペイン語は、今日、母語・第二言語・外国語として5億4,000万人以上によって話されている言語です。スペイン語は、母語話者数において世界第2位、国際コミュニケーションにおける使用についてもやはり世界第2位です。具体的な状況を考える場合、スペイン語が公用語や国家語であったり、一般的に用いられ る言語になっている地域と、その存在が少数派となっている地域とを区別することが適切です。前者の場合、話者の大部分は母語話者あるいはそれに準じた能力 を持っていますが、これはスペイン語圏以外では見られないことです(表1および表2)。
セルバンテス文化センターが現在用いている数字は、2000年から2014年の間に実施された国勢調査に基づくものや、各国の統計局による公式な推計値、2011年から2014年の国連公式推計値に基づくものです。合計すると、母語話者、限られたスペイン語能力を持つ人、スペイン語を外国語として学んでいる人の総計が5億4800万人程度であると見込まれています。なお、スペイン語圏におけるスペイン語母語話者あるいはそれに準じた能力を持つ話者を算出するにあたり、スペイン語以外の言語を母語とする人の割合を考慮に入れ、スペイン語とその他言語のバイリンガルについては算入しています(表3)。
1.3 増加予測
世界で話者数が多い5言語(中国語・英語・スペイン語・ヒンディー語・アラビア語)について、1950年から2050年までの話者数推移分析を参照すると、 人口学的理由により、中国語と英語の話者数は相対的に減少となっています。反対に、スペイン語とヒンディー語の話者数は緩やかながらも継続増加となっています。また、アラビア語は、アラビア語地域以外ではそれほど広く使用されていないものの、相対的には大きな話者数増加を示しています。
Britannica World Dataのような、また別の予測もあります。これによれば、2030年には、世界中の言語話者の7.5%がスペイン語話者になるだろうと予測されています。これは、ロシア語(同予測2.2%)、フランス語(同1.4%)、ドイツ語(同1.2%)を大きく上回ります。
もしこうした傾向が変わらなければ、3〜4世代のうちに、世界人口の10%がスペイン語で意思疎通を行うようになるでしょう。2050年には、アメリカ合 衆国が世界で最もスペイン語話者が多い国になるとのことです。アメリカ合衆国国勢調査局の推計によると、2050年にはスペイン語系住民は1億3,280 万人となり、これは同国人口のおよそ30%、3人に1人に該当することになります。
1.4 外国語としてのスペイン語
2005年に作成された「世界におけるスペイン語学習に関するベルリッツ報告」によると、外国語として最もよく学ばれている言語は順番に、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語です。
普遍的で完全かつ比較可能なデータは存在しないのですが、それでも、少なくとも2,000万人が外国語としてスペイン語を学んでいると推計されています。 これは、スペイン語を公用語としない93ヶ国におけるスペイン語学習者の現在値を合計したものです。公教育以外も含む、すべての教育レベルにおける学習者の数であり、かつ、各国で入手可能なデータにのみ基づいています。したがって、データは完全でも網羅的でもなく、私立教育機関のデータはほとんど反映されていません。このため、セルバンテス文化センターは、スペイン語学習に対する実際の需要は、少なくとも表4に示されるデータの125%以上であろうと見積もっています。
過去数年でスペイン語に対する需要が増加したことを示す部分的な指標がいくつかあります。ブラジル政府の推計によれば、同国では10年のうちに、スペイン語を第2言語として話す人口が3,000万ほどになるとのことです。世界中にあるセルバンテス文化センター支部のスペイン語コース履修者総数は、1993 年から2013年の間に14倍になりました。もっとも、需要の一般的傾向はスペイン語コース履修者数の増加に現れているのですが、2012年度は前年度比 で2%の減少でした。セルバンテス文化センターのスペイン語コース始まって以来の初めての減少ですが、これは、単にスペイン語を教えることだけでなく、質 の高さを保証しつつスペイン語教員数を増やすことに基づいてスペイン語の振興を図ってきた結果です。
「外国語としてのスペイン語能力検定試験 (DELE)」はスペイン教育省の管轄の下、セルバンテス文化センターが実施する、スペイン語の運用能力を公的に証明する試験であり、123ヶ国以上で実 施されています。2012年度は833ヶ所で実施され、前年度に比べて実施会場が9%増加しました。受験者数は6万6,281人で、前年度は65,535 人でしたので、1%ほど増加したことになります。
スペイン語コミュニティーは、アメリカ合衆国のマイノリティーの中では、際だって大きな、最大のものです。アメリカ合衆国国勢調査局によれば、スペイン語系住民の数は、2010年にはすでに5,000万人を超えていました。これは2000年から2010年の間にスペイン語系住民が1,520万人増加したことを意味しており、同期間に増加したアメリカ合衆国人口2,730万人の半分以上がスペイン語系であったことを示しています。2010年から2010年の間にスペイン語系人口は43%の増加を示し、これは合衆国人口の増加率9.7%の4倍にもなります。
現在のアメリカ合衆国内のスペイン語系人口はおよそ5,200万人であり、うち3,700万人が母語話者あるいはそれに準じるスペイン語能力を持ち、残りの1,500万人は、さまざまレベルのスペイン語知識や使用機会を持つ、限定されたスペイン語能力保有者と見られます。もし、国勢調査に基づくこのスペイン語話者数に、スペイン語圏出身の非正規移民970万人ほどを加えるとすれば、アメリカ合衆国における潜在的スペイン語話者数は約 6,200万人に達するでしょう。
スペイン語系であることがスペイン語についての実質的な知識の保有を必ずしも意味するわけではありませんが、 2つの要素の間の相関は非常に高いものです。スペイン語系家庭の73%以上が、コミュニケーションのために多かれ少なかれスペイン語を用いており、英語のみを使っている家庭はスペイン語系家庭全体の26.7%だけです。加えて、若い世代におけるスペイン語知識保有率の高さは、アメリカ合衆国におけるスペイン語の勢いをよく示しています。ある意味では、移民第2世代以降はアメリカ合衆国のるつぼの中で祖父母の言語を最終的には失ってしまうという神話を破壊しているとも言えます。
アメリカ合衆国におけるスペイン語話者人口の増加のカギの1つは、家庭環境においてスペイン語使用が占める大きさです。2007年実施のAmerican Community Surveyに よれば、スペイン語系住民の中でスペイン語能力が最も高い年齢層は、5歳〜17歳でした。これは、スペイン語の習得にとって、家族による言語的影響が非常に重要だということを示唆しています。スペイン語系コミュニティーのメンバーが家庭環境を離れ、社会的・職業的生活に入っていくに従ってスペイン語能力はわずかに低下していくとしても、スペイン語維持度はやはり非常に高いままです。
一方、スペイン語系住民のさまざまな年齢層において高いスペイン語能力が確認されたことは、スペイン語共同体が英語世界の片隅で、それ自体で生き残ることができるだけの臨界を超えたことを示しています。実際のところ、スペイン語系住民の社会的統合とスペイン語の喪失とはすでに切り離されており、このために、特別な努力をしなくてもスペイン語が維持できるほどに、スペイン語による文化的社会的活動やスペイン語メディアが広範に存在しているのです。
最後に、これらのスペイン語話者に加え、コミュニケーション上の必要からであれ、よりよいキャリアのためであれ、第2言語としてスペイン語を学んだアメリカ(合衆国)人も忘れないでおきましょう。事実、スペイン語と英語のどちらでもコミュニケーションできる能力は、アメリカ合衆国の労働市場では評価されるということを示す経験的研究がいくつか存在します。
おそらく、これが、毎年数多くアメリカ人大学生がスペイン語コースを履修する理由の1つなのでしょう。スペイン語コース履修者の合計は、その他言語履修者の合計を上回っています。
[塚原信行]
京都大学国際高等教育院・附属国際学術言語教育センター・准教授