第9回 スペイン語の多様性 ―単語の出自から―(4)
三好準之助
今日の世界には国際語とも呼ばれる英語が広く浸透しています。日本もそうですし、スペインもそうです。日本の場合、明治時代にはもうイギリス英語やアメリカ英語起源の外来語がありました(どちらから入ったか決めるのは難しいようです)。例えば、Americanは既に江戸時代末期に「メリケン粉」の意味で使われていますし、明治に入ると「メリケン」は「米国人」の意味で使われます。「ストライキ」はstrike「同盟罷業」から、「トロッコ」はtruck「手押し車」から入りましたが、これらはその後、野球の「ストライク」や自動車の「トラック」としても使われることになりました。ゲームやカードの「トランプ」は面白いですね。日本で英国人たちがゲームをしているときに、そのゲームの名前を聞きたくてたずねたところ、聞かれた人が自分の「切り札」のことと思ってtrumpと答えたために生まれたと言われているようです。tunnel「トンネル、隧道(ズイドウ)」や発火用具のmatch「マッチ」も入ってきました。そして大正時代からはさらにたくさん入ってきます。第2次世界大戦後の昭和時代には大量に入ってきます。
スペインでは、英語は、古くはフランス語を通してスペイン語に入っていたので、フランス語系の単語として扱われることがあります。たとえばスペイン語のcomité「委員会」[コミテー]は英語committeeに由来しますが、フランス語comité[コミテ]を経由していますし、イギリス英語waggon(アメリカ英語ではwagon)「4輪荷馬車」もフランス語のwagon, vagon[ヴァゴン]を経由して、19世紀の中頃にvagón[バゴン]として入っています。またスペイン語のconfort[コンフォル]「快適さ、安楽」はフランス語confort「生活を安楽にするもの」から入りましたが、これも英語comfort「安楽、快適さ」に由来します。
英 仏 西- committee → comité → comité
- waggon → wagon / vagon → vagón
- comfort → confort → confort
ほとんどの場合、英語起源のスペイン語の単語は元のスペルを残していますが、スペイン語式に語形を変えたものもあります。「アパート」のapartmentがapartamento[アパルタメント]、「野球」のbaseballがbéisbol[ベイスボル](20世紀の中頃から)、「フットボール、サッカー」のfootballがfútbol[フトボル](20世紀に入ってから)、「(サッカーなどの)ゴール」のgoalがgol[ゴル](20世紀の初めから)、「リーダー」のleaderがlíder[リデル]、「集会、会議、討論集会」のmeetingがmitin[ミティン](20世紀の初めから)、「テニス」のtennisがtenis[テニス](20世紀の初めから)、「ヨット」のyachtがyate[ヤテ](19世紀の中頃から)などです。
- 英 西
- apartment → apartamento
- baseball → béisbol
- goal → gol
- leader → líder
- meeting → mitin
- tennis → tenis
- yacht → yate
「ボクシング」のboxingが20世紀の中頃からboxeo[ボクセオ]という形で使われていますが、このことばの成立事情は少し複雑です。英語の動詞にbox「げんこつで殴る」があり、英語はそれを動名詞のboxingにして競技のボクシングを表現しました。スペイン語は20世紀に入ってこの英語の動詞boxからスペイン語らしい動詞boxear[ボクセアル]を作ります。そしてこの動詞からboxeoという語形を作って「ボクシング」を表現しています。
- box(英)→ boxear(西)→ boxeo(西)
「旅行者」のtouristがturista[トゥリスタ]になりましたが、この英語はそもそもフランス語のtour「周囲を回ること、散策、散歩」[トゥール]から作られたtour「ツアー、旅行」[トゥアー]があって、それからtouristが形成されました。そしてその語尾の -istがスペイン語で「〜する人、〜主義者」の意味の接尾辞 -istaに置きかえられてturistaが形成されました。
- tour(仏)→ tour(英)→ tourist(英)→ turista(西)
「トンネル」のtunnelはスペイン語にtúnel[トゥネル]という語形で導入されています。この単語には面白いエピソードがあります。古いフランス語にtonel「樽(タル)」ということばがありました(現在はtonneau[トノ])。14世紀の中頃にはこの単語からスペイン語で同じ意味のtonelが形成されます。そして英語ではこの古いフランス語から「樽」の意味のtunnelが作られましたが、この意味が「地下道、トンネル」の意味で使われるようになり、この英語が19世紀の中頃にスペイン語に入ってtúnelになりました。
- tonel(仏)→ tonel(西)→ tunnel(英)→ túnel(西)
英語からスペイン語に入った単語には、英語のスペルのまま使われているものがたくさんあります。スペイン語は英語とほとんど同じアルファベットを使っているので、しばしばそのまま導入されるのですが、スペイン語として読まれるので、発音は少し異なるようですね(たとえばサッカーの「コーナーキック」は英語のcornerで表現しますが、発音は[コルネル]です)。
[三好準之助]
京都産業大学名誉教授