スペイン語やスペイン語圏文化・社会などに関するコラムやレポート

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2016/07/09

第10回 スペイン語圏の都市景観(3)[布野修司+Juan Ramón JIMÉNEZ VERDEJO]

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第10回 スペイン語圏の都市景観(3)
ジャウマⅡ世の都市モデルとアシメニスの理想都市


布野修司
ヒメネス・ベルデホ・ホアン・ラモン (Juan Ramón JIMÉNEZ VERDEJO)


 1492年以前のイベリア半島にはローマ都市の伝統が基層にあり、その上にイスラーム都市の伝統が重層してきた。そして、さらにレコンキスタの過程でキリスト教都市が移植されていく。スペイン植民都市の計画に直接につながるのはレコンキスタの過程で建設されたキリスト教都市である。レコンキスタは「西十字軍」と呼ばれたようにキリスト教世界の拡張の一環であり、スペイン王国はその延長としてコンキスタ(征服)へ向かうのである。注目すべきは、レコンキスタの過程で、いくつかの都市モデルが提出されていることである。これらの都市モデルはスペイン植民都市計画に直接つながっていったと考えることができる。

ジャウマⅡ世の都市建設
 スペインにおいて最初に都市モデルを提案したとされるのがマジョルカ王国のジャウマⅡ世(1243~1311:在位1276~1311)の布告(1300)である。布告は、戦乱で失われた領土の経済的、人的バランスを回復すること、そのために農業開発を行い、織物産業のための原材料となる作物栽培を行うこと、海陸の防御を固めること、イスラーム都市の特性を改善しマジョルカを近代化すること、独自の貨幣を発行し王国の収入を増やすことを目的とし、マナコル(Manacor)、ファラニッチ(Felanitx)、カンポス(Campos)、サンタニイ(Santanyi)など14の開発拠点を計画している。基本的には農業開発の拠点計画であり、10箇所は既存の集落を拡張するかたちをとっている。2つの新しい町、既存の村に隣接するかたちをとったファラニッチやペトラ(Petra)を除くと、既存の街路パターンが優先されている(図3-1)。計画規模はそれぞれ100家族とされた。

ペトラ(Petra)
図3-1

 農民は、各家族は区画内に住居建設用の宅地1クアルトン(Cuartón / Quartó)1(約1775㎡)と耕作地5クアルテラダ(Cuarterada / Quaterada)(3.55ha)を与えられた。またさらに、牧畜用に10クアルテラダを与えられることもあった。農民の他、工匠たちのためにも宅地が割り当てられている。入植者は6ヶ月以内に住宅を建設し、最低6年居住することが義務づけられた。入植者には住宅建設用の費用が補助され、入植のための費用の貸し付けも行われた。6年経つと住宅を得ることができ、10年経つと誰にでも転売できた。

 ジャウマⅡ世によるマジョルカ島における都市(集落)計画の背景として、また並行するものとして想起すべきは、13世紀から14世紀にかけて、フランスのラングドック、ガスコーニュ、アキテーヌ地域に建設されたバスティード2である。バスティードの多くはグリッド・パターンの都市である。

アシメニスの理想都市
 スペインにおける最初の都市理論とされるのは1385年のアシメニスFrancesc Eiximenis(1340~1409)3の著作『キリスト教12書Dotzè llibre del Crestià』である。『キリスト教12書』は建築書でも都市計画書ではない。都市の理想が描かれているといっても、断片的でごく一部である(106章から114章、263頁中、50頁から53頁の4頁にすぎない)。

 アシメニスは、まず、立地として自然、風と水に触れている。「風は冷たく、土地そして人間にダメージを与える」「都市は水の近くにあるべきである」「都市は川の側に立地するのがいい。分割される場合は2つまで、それ以上は都市が弱くなる」「海は、人々が広がっていく場所であり、裕福になるところである」などとある。さらに「主要道路には大きな下水道が必要である」という。続いて「都市の構成は美しい形態をとるべきである」とし、天文学が重要だという。「天文学を無視すれば、不幸になる。天をよく観察すれば、幸せになり、永続できる」そして「直線がより美しく、規則正しい」とする。

 そして、「ギリシャの哲学者に従えば」と、「全ての都市は正方形(四角)であるべきだ」(110章、51頁)という。「各辺中央に入口があり、各辺中央から市壁の角までは500パソ4(1辺1000パソ)である。東西の門は広くて大きい。また、南北も同様である」また「教会は中央にあるべきで、隣接して大きな美しい広場がある」「広場の四方には階段があって高くなっており、攻撃を受けた場合、防御しやすいようにしてある。広場は、また、聖なる場所として維持されなければならない」という。

 アシメニスの理想都市モデルの基本は以下のようになる(図3-2)。

エイシメニスの理想都市モデルの基本
図3-2

 1) 立地:平坦な地形で自由に拡張が可能なこと。
 2) 方位:都市の主軸は南東向きとし、北風を防ぐこと。
 3) 広場:一辺1,000パソの正方形。
 4) 市壁と主門:各辺の中央に門を設ける。正門は東門。
 5) 副門:正門と市壁角との間に2つの副門を設ける。
 6) 街路は直線とする。
 7) 主街路と住区:主門と主門(東西、南北)を繋ぐ主街路によって4つの住区に分割する。
 8) 広場:各住区は広場を持つ。
 9) 教会:中心に位置し、主教、司祭の住居が近くにある。
10) 主広場:通路階段をもった主広場を教会の近くに設ける。市場の開設や処刑は禁止される。
11) 王宮:都市の境界に位置し(市壁に接し)、直接市外への出入口をもつ。
12) 住区:各住区はいくつかの教区から成り、修道院、肉屋、魚市場、店舗、宿屋がある。
13) 各住区は様々な労働階層が居住し、水が豊富であること。
14) 病院、ハンセン氏病収容所、売春宿、下水道は、風下に置く。
15) 日常生活のための小売業は至る所に配される。 
16) 農民は農園の近くに居住する。港がある場合、船員は海の近くに居住する。

 アシメニスにとっては、理想都市の計画図を作成する以前に、法的、倫理的基盤に従った秩序づけられた社会をつくりあげることが問題であった。中心に置かれるのは、広場と教会であり、この中央広場(プラサ・マヨール)の概念はイベロアメリカのスペイン植民都市に広く取り入れられていくことになる。

サンタ・フェ
 イベリア半島にも、フランス南西部のバスティードと並行して、13世紀以降、四角い広場を中心とするグリッド都市、グリッド街区が建設されていく(図3-3)。

イベリア半島のグリッド都市
図3-3

 ジャウマⅡ世に先駆けて、カスティーリャ王アルフォンソⅩ世(1221~1284)が、アンダルシア南部に、ヘレス・デ・ラ・フロンテラ(Jerez de la Frontera)およびカディス(Cádiz)、セビージャの近郊トリアナ(Triana)などで開発した街区はグリッド・パターンである。アルフォンソⅩ世以降のグリッド都市、グリッド街区としては、アルバイダ・デル・アルハラフェ(Albaida del Aljarafe)(1302)、エスペホ(Espejo)(1303)、ウンブレテ(Umbrete) (1313)、カスティジェハ(Castilleja)(1334)などがある。その後も多くの都市が建設されていくが、15世紀になると、より規模の大きいより整然としたものがつくられるようになる。ドーニャ・メンシア(1415)、 イノハレス(Hinojales)、 ビジャラサ(Villarrasa)(1439)、グスマン(Guzmán)(1445)、パラダス(Paradas)(1460)、サン・ファン・デル・プエルト(San Juan del Puerto)(1468)などがそうである。チピオナ(Chipiona)(1477)は、広場の周囲に教会と市議会が立地するひとつの原型を示している(図3-4)。

チピオナ(Chipiona)など
図3-4

 1491年に建設されたサンタ・フェ(Santa Fe)はグラナダ攻略のために建設された軍事キャンプである(図3-5)。 セビージャ、コルドバなどから動員された兵士たちによってわずか3ヶ月で建設されたという。極めて整然としたグリッド都市である。4つの門をもち、それぞれコルドバ、ヘレス、セビージャ、ハエンと名付けられた。2つの東西街路で南北は3つの街区に大きく分けられている。このサンタ・フェ建設にあたった者に、後に「新世界」最初のスペイン植民都市サント・ドミンゴ(Santo Domingo)の建設者となるニコラス・デ・オバンド(Nicolás de Ovando)がいた。

サンタ・フェ(Santa Fe)
図3-5

 13世紀から15世紀にかけて現れたこの四角い広場を中心とする都市計画の伝統はイベリア半島において16世紀に入っても途絶えることはない。スペインは、イベリア半島における都市建設と平行して、というより、「新大陸」を自らの領土の拡張として、都市計画を展開していったのである。

<脚注>
  1. スペインの 古い単位で50バラである。約42.12 m四方で1,775㎡となる。
  2. バスティードという言葉は,建設するというバスティールbastir(オック語)に由来するというが、13世紀半ばから14世紀半ばにかけて、南西フランスに新たに建設された都市、集落群を一般的に指して用いられる。
  3. アシメニスはジローナ(Girona)生まれのフランシスコ会士で、著作家として知られる。先祖はユダヤ人だったという説があるが定かではない。ヘブライ語を解し、バレンシアではユダヤ人街でヘブライ語の文書の調査をしたことが知られている。バルセロナの教会に入り、ケルン、パリ、オックスフォードの大学で神学を修めた(1365~1370)後、スペインに戻って、まずバルセロナ、後にバレンシアに住んだ。バレンシア時代には市政に積極的に参加し、教育や裁判に関わったことが知られる。修道院も建設している。1408年にはエルナ(Elna、フランス・ルシヨン;当時はアラゴン王国)の司教に任命されている。
  4. 1パソ=5ピエ,139.3cm。

[布野修司]
日本大学特任教授。1949年、松江市生まれ。工学博士(東京大学)。建築計画学、地域生活空間計画学専攻。東京大学工学研究科博士課程中途退学。東京大学助手、東洋大学講師・助教授、京都大学助教授、滋賀県立大学教授、副学長・理事を経て現職。『インドネシアにおける居住環境の変容とその整備手法に関する研究』で日本建築学会賞受賞(1991年)、『近代世界システムと植民都市』(編著、2005年)で日本都市計画学会賞論文賞受賞(2006年)、『韓国近代都市景観の形成』(共著、2010年)と『グリッド都市:スペイン植民都市の起源、形成、変容、転生』(共著、2013年)で日本建築学会著作賞受賞(2013年、2015年)。

00:00 | 都市景観
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